WW2を考える② 〜パヴィアク刑務所〜


「ワルシャワの日本人形」という本を読んだのは、
当時住んでいた街の図書館での事でした。

美容師を生業としていたカミラ・ジュコフスカは、
オペラ歌手・喜波貞子(日本人とのクォーター)の
蝶々夫人の熱烈なファンで、ワルシャワで公演がある度に、
劇場に通ったそうです。

喜波貞子を通し、日本文化に触れた彼女は、
いつしか、日本そのものに興味を惹かれるようになります。

そんな彼女も大人になり、結婚し家庭を持ちます。
どんな時代にでも、人々の変わらない営みの中には
確かな幸福があった事でしょう。

しかし、彼女は反ナチスレジスタンスに参加していた事から、
政治犯が収容されるパヴィアク刑務所に収容されてしまいます。

死を待つのみの、その監獄の中で、
彼女はその心の支えにするかのように、
密かに喜波貞子をモデルにした日本人形を作ります。

 

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ワルシャワの日本人形。
これは今でも、パヴィアク刑務所の博物館で保存されており、
傍らには、日本から寄贈された日本人形と並んで展示されています。

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パヴィアク刑務所では1939年から1944年の間に、
十数万人の囚人が収容され、殆どが反ナチスのレジスタンスメンバー。
中には軽微な事件で収容された者もおり、
囚人の大半が銃殺、あるいは強制収容所に送られました。

ワルシャワ蜂起後、収容されていた囚人は全員射殺。
ワルシャワの中心にあったこの建物自体も爆破されてしまいます。

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IMG_1365.JPG監獄で使われた鉄具。

IMG_1371.JPG監獄の中。

IMG_1358.JPG収容された人々。

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博物館のチケット売り場では、先に来た日本人の方が、
鶴を持参しておられたようです。

そこで、僕も持っていた折り紙で一羽折らせてもらいました。
上の写真では分かりにくいかもしれませんが、
黄色と赤の鶴の間にある千代紙でできた鶴が僕の作です。
快く受け入れて下さった係の方に感謝。

パヴィアク刑務所。
この場所は、日本人にとって、訪れる他の外国人よりも、
より多くの意味を持つ場所です。

ある事を考えたり、主張したりする事が、
死を意味する時代において、
カミラはそれと同じくらい、
日本を愛してくれていたのですから。


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